今日の失敗は、病棟内のミーティングで、部下に対して感情的に叱責してしまったことです。相手は、以前からこのブログにも何度も登場しているリーダーのA君、そしてB君です。彼らに対し、大勢の前で非常に厳しい言葉をぶつけてしまいました。これは弁明の余地がない、完全に私の「マネジメントの敗北」です。
少し思い返すと、先週は外部の講習会講師を務め、内部での50人面談も重なり、13連勤という状況でした。しかし、「疲労が溜まっていて心の余白がなかった」「お昼後の午後で眠気があり理性的でなかった」などというのは、ただの責任転嫁であり、言い訳に過ぎません。
問題の本質は、「自身のキャパシティを超えた業務を抱え込み、現場のモニタリングをおろそかにしたタスク管理の失敗」であり、その焦りと情報不足のストレスを、部下への叱責という最悪の形で発散してしまった私自身のシステムエラーです。
「委ねる」と「放置する」の混同
なぜ、私がそこまで感情的になってしまったのか。それは、私が講習会や面談で現場に顔を出せない中、現場の指揮を彼ら2人に「委ねていた」にもかかわらず、私への報告があまりにも少なかったからです。現場に何も問題がないはずがないのに、情報が上がってこない。上司としては募る不安が、怒りへと変わってしまいました。
しかし、冷静に分析すれば、悪いのは彼らではありません。
私は「毎日報告をする」というシステムを作らないまま、彼らの裁量にただ丸投げしていたのです。これは権限委譲などではなく、単なる「放置(ネグレクト)」でした。
その上で、問題が起きてから「なぜ違和感を拾い上げて報告しないのか」と怒るなど、理不尽の極みです。「そんな曖昧な言葉で違和感を報告しろと言われても分からない」というのは、彼らにとって至極もっともな言い分です。
「上司の目を気にする雑念を捨て、ありのままの現場の空気や雰囲気に目を向け、耳を傾けろ」などと精神論を押し付けるのは、管理者としての職務怠慢でしかありません。基準やトリガーを言語化・システム化せずに「空気の察知」を丸投げするスタイルは、現場に無用な混乱と疲弊を与えるだけでした。
プライドを捨てた謝罪と、ルールの再構築
マネジメントの敗北を認めた以上、取るべき行動は一つしかありません。
私は感情的に叱責してしまった後、自身の非(仕組みの不在と、私自身のキャパシティ管理の失敗)を認め、A君とB君に謝罪しました。
そして、「空気を読んで違和感を報告しろ」という曖昧な精神論を完全に捨て、感性に依存しない冷徹な仕組みを再構築しました。
具体的には、「毎日退勤前に、チャットで『本日のヒヤリハット』または『普段と異なった患者さん・スタッフの様子』を一言だけ伝える」というシステムの導入です。
これであれば、私が現場にいなくても、彼らが「上司の顔色」という雑念を気にすることなく、客観的なファクトだけを確実に吸い上げることができます。
失敗を仕組みで回収してこそ、真の自己ハック
「伝えるべきことは、疲れていない午前中の元気なうちに話そう」などというコンディション頼みの対策は、真の自己ハックとは呼びません。上司の体調次第でフィードバックが遅延したり、基準がブレたりする組織は、遅かれ早かれ機能不全に陥ります。
管理職こそが、感情や疲労という雑念に振り回されてはなりません。大きな事故があって、患者様や家族に訴えられたときに、実は連勤で疲れてまして、ではお話になりません。そして、自身の失敗を個人の反省で終わらせず、再現性のある「システム」として回収し、組織に還元しなければなりません。
今回の私の情けない失敗と、そこからのリカバリーのプロセスが、同じように現場で悩むリーダー層の皆さんにとって、何かの「反面教師」になれば幸いです。

