リハビリの目標設定で迷わない!患者さんも自分も幸せにする「SMART理論」活用術

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1. はじめに:なぜ私たちは「目標設定」に頭を抱えるのか?

医療や介護の現場で働いていると、必ずと言っていいほどぶつかる壁があります。それが「目標設定」です。

「リハビリ計画書の目標の欄に何て書こう…」「患者さんに『良くなりたい』と言われたけれど、具体的にどう進めればいいんだろう…」そんな風に、真っ白な用紙を前にフリーズしてしまった経験はありませんか?

実は、目標設定がうまくいかないのには理由があります。それは、患者さんの「想い(主観)」と私たちの「技術(客観)」を繋ぐ共通言語を持っていないからです。このズレを埋め、患者さんと私たちが同じ方向を向くための最強のツール、それが今回ご紹介する「SMART理論」です。

これを知っているだけで、目標設定の質は劇的に変わり、日々の介入に「迷い」がなくなります。


2. SMART理論で紐解く!リハビリ目標の5つのポイント

SMART理論とは、5つの項目の頭文字を取った目標設定のフレームワークです。一つずつ、リハビリ現場の具体例を交えて見ていきましょう。

① S (Specific) – 「具体的に!」:解像度を上げる

「バランスを良くする」「筋力をつける」といった表現は、専門家には伝わっても、患者さんやご家族にはピンときません。

  • NG: バランス能力の向上
  • OK: トイレに一人で行って、ズボンの上げ下ろしができるようになる

誰が見ても「できた!」と判定できるまで、目標の解像度を上げることが大切です。「右手でご飯を食べる」「孫と手を繋いで庭を歩く」など、生活のシーンが目に浮かぶような言葉を選びましょう。私はしつこいくらいに聞き出します。何が好きだったか、何をしている時が一番自分らしかったか。詳細に聞かないと本当の患者様の本心まで辿り着かないのです。もしかしたら患者様本人も気づいていない本音に、この時間を通してたどり着くことができるかもしれません。経験上、しつこく聞かれて気分を害する人はそれほどいませんでした。いやらしい話、ポーズであってもしつこく聞くべきだとさえ思っています。こんなに自分のことを真剣に聞いてくれるんだ、と思ってくださるように聞きまくってください。他人を100%理解することは不可能でも1%でも近づこうとする姿勢、それが大切だと思います。

② M (Measurable) – 「測定可能に!」:数字で達成感を

「歩行が安定する」という表現は主観的です。自分の体調が良い日は安定しているように見え、疲れている日は不安定に見えてしまうからです。主観は常にバイアスがかかりやすいのです。

  • NG: 歩行の安定化を図る
  • OK: 10メートルを15秒から10秒に短縮する、ベルグバランススケール(BBS)で40点以上を目指す

数字は嘘をつきません。「前回より2秒速くなりましたね!」という事実は、患者さんにとって何よりの特効薬になります。皆さんは、体調不良になって受診した後日の再診の時に「ああ、だいぶ良くなりましたね」と言われるのと、「〇〇の値が△から⬜︎に低下しているから、改善していますね、安心してください、良くなっていますよ」と言われた時の安心感は雲泥の差だと思います。私たちもそうでありたいですよね。

③ A (Achievable) – 「到達可能に!」:絶望させない工夫

患者さんの「また走れるようになりたい」という強い願い。それを否定はしたくありませんが、いきなり高い山を登ろうとすると、途中で心が折れてしまいます。

そこで必要なのがスモールステップです。 「一人で歩く」という大きな目標を、「手を使わずに椅子から立つ」「麻痺側に体重を10秒乗せる」といった、数日で達成できそうな小さな目標に分解します。この「小さな成功体験」の積み重ねが、次へのモチベーションを生みます。

④ R (Relevant) – 「関連性を持たせる!」:その人らしさを守る

個人的にはここが最も重要だと思います。リハビリの目標は、その人の人生や価値観と繋がっていなければなりません。 料理が大好きだった方に、ただ「握力を鍛えましょう」と言ってもやる気は起きません。しかし、「もう一度包丁を握って、大根を切れるようになりましょう」と提案すれば、リハビリの意味がガラリと変わります。

その人が「何を大切にして生きてきたか」をじっくり聞き、その人らしい目標を一緒に見つけましょう。

初めは患者様の人生にとって何が大切かを見極めるなんて難しいと感じることでしょう。ですがずっと続けていると、だんだんと見えてくることもあります。なんとなくこの人は家族のことを第一に考えているのかもなあ、とか、自分の人生を使って自力でやり切りたいことがあるのかもしれないなあ、などといったことが感じられることがあります。それは決して、患者様の全てを分かっているわけではありませんが、近い気持ちまで寄り添うことができるかもしれません。言葉にして聞くことなく、感じることも大切にしたいところです。

⑤ T (Time-bound) – 「期限を決めよう!」:PDCAを回す

目標に期限がないと、リハビリは「慣れ合い」になりがちです。 「1週間」「2週間」と区切って評価を行うことで、今の治療アプローチが正しいのか、それとも修正が必要なのかを判断できます。期限を決めることは、私たち医療従事者のプロとしての責任でもあります。

しかし「そんな簡単に決められない、何を参考にして期限を決めたらいいか?」と部下に質問されることも多々あります。初めは難しくて当然です、患者様の経過を見た経験が少ないのですから予測がつくわけもありません。でもまずは間違ってもいいから、決めてみることが大切です。繰り返していく中で、「これくらいの症状であれば退院時はこれくらいになるだろう」という算段がつくようになります。これは一朝一夕では感じることができませんので、やり続けることが大切です。


3. 「何がしたいですか?」と聞く前に。沈黙に寄り添う勇気

SMART理論を実践しようとして、いきなり「あなたの目標は何ですか?」と患者さんに問い詰めてはいませんか?

病気や怪我の直後、患者さんの心は深い霧の中にあります。人生のどん底とっても過言ではありません。未来のことを考える余裕なんてなくて当然です。そんな時に、無理に答えを出させようとするのは逆効果になりかねません。

「すぐには思い浮かびませんよね。1週間、じっくり考えてみてください。その間に、今の生活で困っていることを見つけていきましょう」

そんな風に、「考える時間」をそっと渡してあげてください。沈黙を恐れず、寄り添う。

対象者の中には、高次脳機能障害や失語症を患ってしまったり、認知症があることで、目標を考えることが難しい方もいらっしゃいます。どうしても難しい場合は、ご家族から「昔はこんなことが好きだったんですよ」というお話を伺うのも、素晴らしい目標設定の第一歩です。いろんな手段を使って、その人となりを知り、一緒に考える姿勢をとり続けることが一番大切なのだと思います。


4. 医療従事者自身も「SMART」に生きよう!

さて、ここまで患者さんの話をしてきましたが、私たち自身のことはどうでしょうか?

  • 「上司の顔色を伺ってばかりで疲れる」
  • 「後輩の指導がうまくいかなくてイライラする」
  • 「毎日忙しくて、自分がどこに向かっているかわからない」

そんな悩みがあるなら、今こそ自分自身にSMART理論を使ってみるチャンスです。

「3ヶ月後の学会発表に向けて、毎日15分だけ論文を読む」「今月の目標として、定時に帰る日を週に2日作る」といった小さな目標で構いません。 自分自身の「軸」がはっきりしていると、不思議なことに周囲の言葉に振り回されなくなります。メンタルが安定し、もっと主体的に仕事を楽しめるようになるはずです。


5. むすびに:目標は「希望の光」

目標設定とは、単なる書類上の手続きではありません。それは、絶望の中にいる患者さんにとっての「希望」を一緒に探す作業です。

SMART理論というツールを手に、患者さんの人生に深く寄り添ってみてください。そして同時に、あなた自身の人生も大切にするための目標を立ててみてください。

さあ、まずは自分自身の小さな目標を1つ、メモ帳に書き出すところから始めてみませんか?


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