【2026年1月24日 追記:この記事は「デバッグ(修正)」済みです】
「失敗しても大丈夫です。一緒に頑張りましょう」もしあなたが、今この瞬間にそのような耳障りのいい言葉での救いを求めているのであれば、恐縮ですが今すぐこのブラウザを閉じてください。あなたの貴重な時間を無駄にしてしまう可能性が高いからです。かつての私は、30代半ばで管理職になり、職場トラブルが起きるたびに慌てふためき、誰の信頼も得られない「シッパイ管理職」でした。当時の私は、ある子供向けの歌(Eテレ『Q〜こどものための哲学』)に救われ、それを「良いお話」としてこの記事にまとめました。しかし、今あえて、皆様に宣言させていただきます。
この記事(旧バージョン)は、読者の成長を阻害する「猛毒」であり、プロとしての論理が欠落した「ただのポエム」でした。臨床現場やマネジメントにおいて、真に必要とされるのは「心のケア」ではありません。エラーを冷徹に特定し、修正プログラムを脳にインストールするための「戦略的思考」です。今回、私はこの記事を自ら「公開処刑」することを決意いたしました。過去の私の甘い思考を一つずつ引きずり出し、「確証バイアス」「プレモータム」「インセンティブ解析」といったプロの武器を用いて、徹底的にデバッグ(修正)を行っていきます。デバック部分は基本的にオレンジの背景にしてあります。この記事を読み終えた時、あなたの手元には「優しい慰め」ではなく、「明日から現場の地雷を無効化するための実戦的な地図」が残っていることをお約束します。覚悟のある方だけ、この先を読んでください。
30代半ばで管理職になった私は、職場でいろんなトラブルが起こっても、時間が過ぎていくばかりで根本の解決には至らないことばかりでした。上司や同僚、部下からの評価や信頼ははもちろん得られず、管理職としてはシッパイばかりでした。そんな現状でしたから自分に全く自信が持てず、問題が起こるたびに心臓がドキドキして、慌てふためくばかりでした。そんなシッパイ管理職の私がある歌に出会ってから、少しずつ考え方を工夫してみた結果、徐々にですが問題解決能力が得られてきた実感があります。今回はその話をしてみようと思います。
私には3人の子供がいます。今はみんな小学生ですが、その上の子が4、5歳くらいだった頃の話です。今の時代の子供達はYOU TUBEやPrime Videoなどのコンテンツを見ることが多いのかもしれませんが、当時私たち夫婦は子育てをしながら、NHKのEテレというチャンネルをよく流していました。知っている方もいらっしゃると思いますが、その中で【Q〜こどものための哲学】という番組をよく観ていました。その番組の内容は、少しやんちゃな小学生Q君(声優:本田翼さん)が日常の中で様々な疑問にぶつかります。その疑問にぬいぐるみのチッチ(声優:ガッツ石松さん)がヒントを出しながら2人で考えを掘り下げていくという内容になっています。Q君の、生意気だけど一歩ずつ成長する素直さと、チッチの見た目の可愛さとしゃがれたおじさん声のギャップがとても印象的で、とても大好きな番組の一つです。
Q君が抱える疑問は下に載せたように、大人でも答えるのに悩むようなものばかりです。私も簡単に答えることができないですし、みなさんも結構頭を悩ませるのではないでしょうか。正解を出すことが目的ではなく視点を広げたり、違う視点から考えたりしながら自分なりの答えを導き出していく、というプロセスを15分に凝縮して見せてくれるこの番組は大人の私にとっても学ぶことが多く、Eテレ恐るべしと思った記憶があります。

NHK HPより引用
医療関連に限らず、仕事をしていると答えのない問題にぶつかることも多いと思います。もしQ君が理学療法士だったら、「どうしてリハビリをしなくてはいけないの?」「そもそもリハビリってなに?」「患者さんにとっての幸せってなに?」とたくさん悩みを抱えてくれるのではないでしょうか。この禅問答のような悩みに自分なりの答えを探しながら考え続けることの大切さを30代半ばの管理職であった私に教えてくれました。
今回はこの番組で流れていた一つの歌を紹介したいと思います。この歌は、問題解決するための考え方が1分半に全て詰め込まれています。その歌がこちらです。

ずっと3匹の猿が踊っていると勘違いしていたのですが、物事を掘り下げていくといつか目的に辿り着けるよ、というメッセージからモグラだったことに改めて観て気づきました笑。なぜ猿だと思っていたのか疑問です笑。手足が異様に長いからか、踊りが機敏すぎるからかな。
この歌の歌詞で出てくる8つのQワード、「なんで?」「ほかの考えは?」「反対は?」「もし~だったら?」「そもそも?」「立場をかえたら?」「たとえば?」「くらべると?」。専門的にいうとラテラルシンキングとも言うようで、ビジネス書などで学ばれている方は聞き馴染みがあるかもしれません。それを子供でも分かりやすいように砕いて歌っているのですが、これを実践している大人は意外に少ないような気がします。しかし私が社会人としてそれなりに信頼を得られるようになったのは、この歌のおかげと言っても過言ではありません。自分が普段この8つのQワードを使うときの考えを少し紹介してみます。
なんで? 理由をさぐってみる
理由を探ることが私は昔はとても苦手でした。上司に質問するたびに、「どうしてそう思ったの?」と聞かれて曖昧な返事をしてしまうこともしばしばありました。いろんな物事には正解ではなく理由があって、それを自分なりに理由づけする癖がつくととても説得力がつきます。
➡️【なんで?(理由を探る)】のデバッグ
【思考停止の正体】
かつての私が「理由を探るのが苦手」だった本当の原因は、能力不足ではありませんでした。 無意識のうちに「確証バイアス(Confirmation Bias)」に支配されていたからに他なりません。
人間は放っておくと、「自分の仮説(自分は正しい)」に都合の良い情報ばかりを集め、反論(不都合な真実)を無意識にシャットアウトしてしまいます。当時の私は、失敗の原因を深く探ることで「自分のミス」が確定するのを恐れ、「あれは仕方がなかった」と正当化するための材料探しに終始していたのです。
表面的な言い訳で安心している限り、問題の「根本原因(Root Cause)」には永遠にたどり着けません。だから同じトラブルを何度も繰り返すことになります。
【修正プログラム:トヨタ式「5回のなぜ」】 明日からは、言い訳を探す前に以下のアルゴリズムを実行してください。
- 問題が発生したら、感情を挟まずに「なぜ?」と問う。
- 出た答えに対して、さらに「なぜ?」と問う。
- これを5回繰り返し、システム上の欠陥(真因)に行き着くまで止めない。
- ×「部下がミスをした(個人の責任)」で思考停止
- ○「なぜミスした?」→確認不足→「なぜ確認不足?」→時間がなかった→「なぜ時間がない?」→業務量過多→「よし、業務フローを修正しよう(解決)」
コツは感情を挟まないこと。誰かが悪いとか自分が責任を取らされるという不安が、この「なぜ?」という思考を鈍らせます。上司からすれば、再発しないように次の手段を考えられている部下ほど頼もしいものもありません。
ほかの考えは? いろんな考えを出してみる
特に部下と話をするときはできるだけ自分の意見は最後にした方がいいと思っています。そして部下の話を途中で遮ったり、否定してしないことをお勧めします。それを続けていくと部下は忌憚なく発言してくれるようになります。いろんな考えが出る会議と、忖度した発言ばかりの会議では長期的に圧倒的な差が生まれます。私は管理者は自分で答えを出さなくともいいとさえ思っています。優秀な部下たちが積極的に発言して、自ずと解決法が生まれることもしばしばあります。むしろその方が多い印象です。それを汲み取って方向性を決定するのが管理者の役割でもあると思います。
- 自分の意見を押し通そうとしない
- 会議や話し合いでは部下や同僚の意見をまずは全部出してもらう、自分の意見は最後
- 間違いを恐れずに思ったことを口にできる雰囲気を作る
➡️【ほかの考えは?】のデバッグ
【『仲良し』が組織を殺す】
かつての私が「みんなの意見をまとめよう」として失敗したのは、組織が「グループシンク(集団浅慮)」に陥っていたからでした。
誰の気分も害さない「耳障りのいい結論」は、臨床においては「見逃し」や「リスクの看過」と同じ意味となります。管理職の真の役割は、場の空気を読むことではありません。あえて組織に「知的な摩擦」を引き起こすことです。この摩擦を「コンフリクト」と呼びます。この建設的な摩擦をあえて作り出す組織さえあります。それくらい「摩擦がないこと」は組織を作る上で避けるべき事象なのです。
【修正プログラム:黒い帽子の強制発動】 議論がスムーズに進みすぎている時こそ、以下の手法で「バグ」を探す。
- 悪魔の代弁者(Devil’s Advocate)の指名: 「この方針が、もし明日『大失敗』したとしたら、原因は何だと思う?」とあえて問い、欠陥を炙り出す。最悪の状況を想定する。意見は受け入れるが、無能な意見や論理破綻した意見まで取り入れれば、結論の質が下がるため、管理職の仕事はその意見の価値を判断することにある。
- シックス・ハット・シンキング(黒の帽子): 感情を抜きにして、リスクと論理的欠陥だけを指摘する「黒の帽子」の時間を5分間だけ設ける。もしくはその役を決めて、批判的意見のみ発言できる人を作る。
- 心理的安全性の再定義: 「反論は、人格否定ではなく、患者の利益を守るための『共同デバッグ』である」というルールを徹底する。これで部下からも意見を引き出す。
反対は? あえて逆(ぎゃく)で考える
固定概念は自分では気づかないというのが厄介です。一説によると人は80%くらいは毎日同じ思考、行動をとっているそうです。それでは問題に対する対応策もワンパターンになり、返ってくる結果も似たり寄ったりになるのは当然です。その現象を極力無くすには、あえて反対から考えてみる、行動してみることをお勧めします。初めは違和感や不快感を感じると思いますが、徐々に感じなくなり、むしろ楽しみも得られてきます。新しい感覚を楽しみながらどんどん受け入れられるようになります。
- 脳卒中片麻痺患者の麻痺側を触れることなく治療することはできないか?非麻痺側から治療してみる。
- 手を使わないでリハビリする方法はないかな?逆に患者主体で動いてもらったらどうか?声かけだけで良くならないものかな?
- 今までだったら選ばない服の色、レストランのメニューなどをあえて選択してみる。通勤や通学をあえて違う道から行ってみる。
もし~だったら? 仮説(かせつ)を立ててみる
仮説を立てるときに大切にしていることは、その仮説が立証されるためにはどうすればいいか、をセットで考えるようにしています。問題が生じたとき、その原因を絞るには、いくつか仮説を立てて、検証する必要があります。それほど難しく考えずに、自分が立てた仮説が合ってると言えるには、何をすればいいかを考えるのです。
➡️【反対は? / もし~だったら?】のデバッグ
【『成功イメージ』が判断を狂わせる】
かつての私がトラブルに慌てふためいていたのは、脳が「成功という楽観的シナリオ」に執着し、不都合な未来を遮断していたからに他なりません。通常、私たちは自分の薦めているプロジェクトが成功することに向かって試行錯誤しています。つまり成功するためのイメージしかない。しかし成功するということは=失敗をしないことではなく、「許容できる失敗の範囲内で、最大のリターン(改善)を得ること」と同義である。もし失敗するとしたらどんな原因で、どのような結末になるかリストアップし、確率を割り出す。これをプレモータル(戦前葬)といいます。そこから将来起こる可能性があるリスクをあらかじめ予測し、可能であればそれを排除できるリスクヘッジを立てること、これが管理職の仕事です。
そして多くのPTが陥る罠は、「反証可能性(Falsifiability)」の欠如です。自分の立てた治療計画が「間違っている」と証明されるパターンをあらかじめ想定していないため、患者の状態が悪化した時にフリーズしてしまうのです。これは確証バイアスも働いています。しかし医療現場においてリスクマネジメントができないことは致命傷です。
【修正プログラム:プレモータム(戦前葬)の実装】 計画を立てた直後に、以下の「未来からの逆算」をルーチン化する。
- 失敗の確定: 「今から3ヶ月後、このプロジェクト(治療)は無残に失敗した」と仮定。
- 原因のリストアップ: 「なぜ失敗したのか?」を、思いつく限り書き出す(スタッフの離職、患者の合併症、予算のショートなど)。
- リスクマトリックスへの配置: 発生確率と影響度でリスクを仕分け、優先順位をつける。
- コンティンジェンシープラン(二次計画): 「もしAが起きたら、Bというプランに切り替える」という分岐を、あらかじめチームで共有しておく。
そもそも? 前提(ぜんてい)からうたがってみる
私は昔から天邪鬼な性格で、人がやれと言われると絶対やりたくなくなる性格です。今でも、そもそもなんで理学療法士やってるんだろう、とか、この職場で働かなくてはいけない理由ってあるのかな、など一生懸命働いていたら考える余地などないような変な自問自答を常に繰り返しています。何年もそんな捻くれた思考を続けて気づいたことは、大抵のことは思い込みや執着によって問題が生じているということです。
俯瞰して物事を見られるようになりたい、とは昔から思い描いていました。当然まだ私よりも思慮深く、物事を捉えられる 自分ができているかは分かりませんが、会議で物事が煮詰まったときに解決案や折衷案を提案できるのは基本的に自分がやることが多いので、少なからず得意ではあると思っています。
・患者のリハビリのモチベーションが低い原因は、そもそも家族との関係にある?
・患者に対して筋力強化しても筋力が上がってこない、、、そもそもご飯食べれてる?夜はしっかり寝ている?
・部下が成長しない。そもそも部下のリハビリ職を続けたいと思っているのかな?
立場をかえたら? だれかの気持ちになってみる
これは私自身、とても苦手です。なかなか人の気持ちが分からないと自分自身悩んでいます。ですが、まだ悩もうとしている分、自分よがりの意見を押し付けないようにはしています。完全に人のことを理解することは難しいかもしれませんが、一旦相手のことを考えると時間が生まれます。時間が生まれれば反射的に反発しあうことは避けられるので、それだけでも最悪の状況は少なくなります。自分もできていないので偉そうなことは言えませんが、少しずつ人の気持ちがわかる人間になろうと日々精進したいですね。
➡️【立場をかえたら?】のデバッグ
「人の気持ちを考える」という情緒的アプローチを捨て、「インセンティブ・マッピング」を実装すべし。
1. 期待理論による行動予測の定式化
過去の私は部下のモチベーションは読み取るものだと思っていました。今の私は違います。モチベーションは計算するものです。
モチベーション = 期待感(やればできる) ✖️道具性(やれば報酬が出る)✖️ 誘因(報酬が欲しい)
「頑張れ」と言う代わりに、この3つのうちどこにボトルネック(バグ)があるのかを特定しましょう。余談ですが、時代の変化なのか私たちの世代よりも「誘因」が少なくなっている印象を受けます。
2. 「トータル・リワード」を用いたニーズの可視化
想像で判断せず、定期的なマンツーマンの面談にて、以下の5つの要素のうち、相手が何を優先しているかを「ランキング化」します。
- 報酬: 給与、手当
- 福利厚生: 休暇の取りやすさ、時短勤務
- ワークライフバランス: 残業の少なさ、副業の可否
- 承認・評価: 症例発表の機会、チームリーダーへの抜擢
- 能力開発: 研修費補助、認定PT取得支援
3. 「ナッジ(Nudge)」による環境設計
直接説得するのではなく、行動を選択しやすくする「仕掛け」を作ります。
- 例: 報告書を早く出してほしいなら、「早く出せ」と言うのではなく、テンプレートを極限まで簡略化し、提出済みのメンバーの名前を共有する(社会的証明)。
【『寄り添い』はコストが高い】
相手の気持ちを100%理解しようとするのは、エネルギーの無駄です。マネジメントに必要なのは「共感」ではなく、相手が「なぜその行動をとるのか(あるいはとらないのか)」というインセンティブ構造の解明です。
人が動かないのは、やる気がないからではない。「動くメリット(インセンティブ)」よりも「動くデメリット(コスト)」が勝っているからです。
【修正プログラム:インセンティブの個別デバッグ】
- 期待値の確認: 「それをやれば評価される」と部下は信じているか?
- 価値の照合: その評価(例えば学会発表の機会)は、今の部下にとって本当に「報酬」か?(プライベート重視の部下には「罰」になり得る)
- コストの除去: 行動を妨げている物理的なハードル(多すぎる事務作業など)をまず管理職が撤去する。
たとえば? 具体的(ぐたいてき)にあげてみる
会議などで議論している内容がどんどん抽象的になってしまい、なんとなく全員の理解がぼんやりすることがあります。そのような状況になったら、私は具体例を出すことをお勧めします。キラーワードは「例えば?」です。他の人が発言している内容がよく分からなかったら、「それは例えばどんなことですか?」と尋ねれば抽象的な内容から現場レベルの具体的な内容に戻ってくるので、自分も周りの人も理解しやすくなります。
また、話がわかりやすい人は例え話が上手い気もします。私もそうなりたくて、誰かにアドバイスする時も、できるだけ例えば〜、と具体的に話したり、わかりやすい他の例を挙げてみたりして理解してもらいやすくしています。
くらべると? ちがいはどこかさぐってみる
私はiPhoneが世に出てからずっとiPhoneユーザーなのですが、新製品に買い替えるたびに、「こんなに小さいものを使っていたのか」、と感じた経験があるのは私だけではないでしょう。新しいものを手にする数秒前までは、一度も「小さい」と感じることはなかったのに、です。良いか悪いかは別にして、人は比べるものがあるとはっきりと感じてしまう、すなわち相対的に見てしまうのです。
それゆえに私も含め、人は比べたがるということを前提に考えて方がいいと思います。部下から、「自分は他の同僚に比べて仕事ができない気がする、成長が遅れている気がする」という相談がよくあるのですが、それに対して、人と比べても仕方がない、自分を見ることが大切だ、というキーワードをよく耳にします。私は比べたくなるのは仕方がないし、むしろどんどん比べて良いと思っています。比べるのは良いけど、それが良いか悪いかは分からないよね、むしろ同じ道に行かなくても良いのでは、と伝えています。大抵部下にはポカーンとされていますが笑。ですが、本当にどんどん人と比べて、人と違う部分を自分で認めてあげて、武器にして行って欲しいと思っています。いろんな人と会って、話して、どんどん人と違う自分を見つけて育てていきましょう。
➡️【くらべると?】のデバッグ
【比較を拒むのは『羅針盤』を捨てる行為】
かつての私が「他人と比べても仕方ない」という甘い言葉で部下を慰めていたのは、現実から目を背ける「正常性バイアス」です。正常性バイアスとは危機的状況(災害や事故、医療現場ではインシデントやアクシデント、ヒヤリハットなど)に直面しても、脳が「大したことではない」「想定内」と勝手な思い込みで都合よく解釈し、心の平穏を保とうとする心理メカニズムのことです。
比較(ベンチマーク)をしない組織は、暗闇でライトを消して走る車と同じです。「自分たちがどこにいるか」がわからなければ、アクセルを踏むべきかブレーキをかけるべきかの判断すらできません。
【修正プログラム:比較を『武器』に変える3ステップ】
- 市場価値のベンチマーク: FIM利得などの客観的データを全国平均と比較する。これは「優劣」をつけるためではなく、自分たちの「得意(強み)」と「伸び代(弱み)」を可視化するための地図だと捉える。感情的にならないこと。
- アウトライヤー(異常値)の特定: 「なぜあの病院(あるいはあのスタッフ)は、同じ疾患でこれほど高い成果を出せているのか?」というポジティブ・デビアンス(前向きな逸脱)を徹底的に分析する。比較は、成功のカンニングペーパーだと捉える。
- 相対評価と絶対評価の使い分け: 「組織の方向性」は他者との比較で決め、「個人の成長」は過去の自分との比較で評価すること。この使い分けが、現場の心理的安全性を担保する。全スタッフごとに1年前の自分と比較させること。個人において他者との比較は意味がない。組織において同じ意見を持つ人材がたくさんいても価値は薄くなり、むしろ悪魔の代弁者がいる方がリスクマネジメント上重要。
この世の全ては学びのたね。
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