脳卒中片麻痺の患者さんの歩行をみていると、「麻痺足が引っかかる」「つまずきやすい」という訴えは非常に多く耳にします。
その結果として、麻痺足を大きくぶん回したり、高く持ち上げたりしながら歩かざるを得ない方も少なくありません。
臨床の現場では、このような患者さんに対して「足関節背屈筋を鍛えよう」「もっと足を高く上げられるようにしよう」といったスイング期への直接的なアプローチを選択しがちです。かつての自分もまさにそうで、空中で麻痺側の足をプランプランと動かすような練習を一生懸命やっていました。しかし、その結果として歩行が劇的に改善したかというと、むしろ「麻痺足を物のようにぶん回すパターン」が強化されてしまった印象すらあります。
20年以上、脳卒中片麻痺の歩行に関わってきて今あらためて感じるのは、「スイング期だけをターゲットにしていては、本質的な改善につながらない」ということです。
特に、麻痺足の“引っかかり”に関しては、スイングではなく立脚期の問題が背景にあるケースが非常に多いと考えています。
以下では、
- なぜ麻痺足が引っかかるのか
- 立脚期、とくにミッドスタンスとターミナルスタンスで何が起きているのか
- それを踏まえた具体的な介入の考え方
について整理してみたいと思います。
1. 重心が下がる立脚期が、スイングのクリアランスを奪う
正常歩行では、重心は歩行周期の中で上下にごくわずか、概ね2センチ前後の範囲でしか変動しません。
このとき、股関節・体幹・頸部までを含んだ全身のアライメントが“伸びた状態”で保たれ、重心はできるだけ高い位置で前方に移動していきます。
重心が高い位置にあるということは、支持脚が“長く”使われているということであり、その結果として遊脚側の下肢は軽く振り出すだけで自然に床をクリアできます。
足を「持ち上げよう」と意識しなくても、重心が高く保たれていれば、下肢は振り子のように前方へと運ばれ、足尖は床をこすらずに前進できるのです。
しかし、脳卒中片麻痺患者では、このパターンが崩れていることが少なくありません。
立脚期、とくにミッドスタンスで股関節が屈曲し、骨盤・体幹が前屈位となり、重心が下方へ沈み込みます。
支持脚は短くなり、膝関節の伸展制御が不十分であれば、さらに沈み込むこともあります。
このように、立脚期で重心が下がってしまうと、次の遊脚期で足を十分に上げる余地がなくなり、結果としてクリアランスが不足します。
患者さん本人は「足首が上がらないからだ」「足をもっと高く上げなければ」と感じますが、実際には“足を上げられない身体条件”を、立脚期で自ら作り出してしまっているとも言えます。
2. 重心前方移動の欠如と「足が勝手に出る」感覚の喪失
もう一つ大事な点が、重心の前方への自由落下です。
健常者の歩行を観察すると、身体はわずかに前へ倒れ続け、その倒れを支えるために下肢が交互に前に出る、という構図がみられます。
このプロセスでは、股関節がしっかり伸展しながら重心が前方へ進むことが前提となります。支持脚の股関節が伸び、骨盤が前方へ移動することで、重心の“前への倒れ込み”が生じ、その倒れ込みを止める役割として遊脚足が前方へ振り出されます。
脳卒中片麻痺の患者さんの多くは、「前に倒れるのが怖い」「麻痺側に体重を乗せるのが怖い」という心理・感覚的背景を持っています。
その結果、
- 股関節は屈曲位で固定
- 体幹は前屈、あるいは後方へ引き気味
- 重心はなるべく後ろに留める
という戦略が“安全策”としてとられやすくなります。
しかしこの戦略は、結果的に重心の前方への自由落下を阻害し、「足が勝手に前に出る」感覚を失わせてしまいます。
つまり、重心が前に行かないからこそ、足を自力で“振り出さなければならない”状況に追い込まれているとも言えます。
この状態のままスイング期の“振り出し練習”だけを行っても、本質的な歩行の自然さは回復しにくいと考えられます。この場合、一つ前の段階に戻って、まずは両側の下肢で対称的に立てるか、そこから前方(つま先側)に重心を乗せられるか、その時股関節は屈曲しないか(腰が引けないか)、ということを確認して、これらの習得から始めるのもとても意味があることになります。
3. CPGと股関節伸展・荷重の関係
神経生理学的視点からは、歩行リズムの生成に関わるCPG(Central Pattern Generator)の存在が重要です。
CPGは、求心性入力がなくても周期的な運動パターンを出力できる神経ネットワークであり、猫をはじめ動物実験でその存在が確認されています。
人間でも、歩行に近いリズム運動が脊髄レベルで生成される可能性が示唆されています。
このCPGを“オン”にするうえで、特に重要とされるのが、
- 股関節伸展位での求心性入力
- その肢への荷重入力
の2つです。
具体的には、
- 立脚後期に股関節がしっかり伸展し
- その状態で支持脚として荷重を受け続ける
ことで、脊髄レベルに「次は屈曲(=振り出し)へ移行する」というシグナルが入り、位相転換が促されると考えられています。
しかし、脳卒中片麻痺では、
- 麻痺側での荷重保持が難しく、早期に非麻痺側へ重心を逃がす
- 股関節伸展が十分に得られず、立脚後期まで伸展位を保持できない
といった問題がしばしばみられます。
その結果、股関節伸展+荷重というCPG活性化の条件が満たされず、遊脚期への移行が自動的に生じにくい状況になります。
この意味で、ターミナルスタンスでの股関節伸展と荷重維持は、単に運動学的な視点のみならず、神経回路の活性化という観点からもスイング期に直結する重要なポイントといえます。
4. 筋の弾性を利用した“振り出し”支援
運動学・生理学的には、筋の弾性も振り出しの重要な要素です。
ターミナルスタンスで股関節が伸展すると、腸腰筋や大腿直筋などの股関節屈筋群は伸張されます。
伸張された筋は、その弾性によって短縮方向への力を発揮しようとするため、次の遊脚期での股関節屈曲、すなわち足の振り出しを助ける“ばね”として働きます。
さらに、下腿三頭筋が遠心性に活動しながら前方への推進力を生み、その反発が遊脚期にスムーズにつながることも知られています。
脳卒中患者では、この立脚後期の推進力生成が不十分で、制動方向の力が出てしまう症例も報告されています。
したがって、
- 股関節屈筋群が適切に伸張されるだけの伸展位
- 下腿三頭筋が活動しつつ荷重を支えるポジション
を立脚後期で確保することは、筋の弾性と推進力を利用して次の振り出しを“省エネ化”するための必須条件と考えられます。
5. 立脚期からスイングを変えるための臨床アプローチ
以上をまとめると、麻痺足の引っかかりに対するアプローチとして、次の2点が大きな鍵になります。
- ミッドスタンスで重心を高く保てるか
- ターミナルスタンスで股関節伸展位+荷重保持ができるか
ここからは、実際の臨床での具体的な練習例を簡単に示します。
5-1. ミッドスタンス:片脚立位を通して重心を“下げない”練習
ミッドスタンスは、単脚支持が始まり、重心が最も高くなる局面です。
このフェーズを改善するために、「片脚立位」を練習として取り入れることは非常に有用です。
ポイントは、
- 単に“片脚で立てるか”を見るのではなく
- 重心が高い位置に保たれているか
- 骨盤が支持脚側で下制せず、支持脚が“長く”使われているか
- 体幹前傾や屈曲で誤魔化していないか
といった点を詳細に観察することです。
必要に応じて、
- セラピストが上方への介助入力を行い、重心を高く保つ経験を与える
- 骨盤・体幹へのハンドリングで伸展方向のアライメントを促す
- 過剰な膝屈曲や反張膝に対して、適切な伸展位をガイドする
などの工夫が考えられます。
片脚立位そのものは歩行とは異なりますが、「支持脚で重心を高く支える」という点ではミッドスタンスの縮図と捉えることができ、臨床上の練習課題として有効です。
5-2. ターミナルスタンス:麻痺側下肢を後方に“残し、支える”練習
ターミナルスタンスでは、
- 股関節が伸展位
- 下腿三頭筋が前方への倒れ込みをコントロール
- 反対側下肢が初期接地を迎えようとする局面
といった特徴があります。
麻痺側を一歩後方に引き、
- 重心を高い位置のまま
- 股関節伸展位+荷重保持ができるか
を評価しながら練習します。
この際の注意点としては、
- 無理やり足だけを後ろに引かない(骨盤前傾や腰椎過伸展で代償しやすい)
- 股関節屈筋群の短縮が強い場合は、ストレッチやポジショニングから段階的に導入する
- 下腿三頭筋が活動しながら足底全体で荷重を受けられるよう、足部アライメントを整える
などが挙げられます。
ここでの目標は、「麻痺側でしっかりと後方支持をとり、その状態から前後への重心移動をスムーズに行えるようになること」です。
これが獲得できてくると、股関節伸展+荷重という条件が整い、CPGや筋の弾性を活かした自然な振り出しが生じやすくなります。
6. スイング期練習の位置づけ
もちろん、全ての症例で「スイング側に一切問題がない」というわけではありません。
膝関節屈曲角度の不足や足関節背屈の協調性低下など、遊脚期そのものに起因する要素も多く報告されています。
ただし、立脚期での条件が整っていない状態でスイング練習だけを積み重ねても、得られる効果は限定的になりがちです。
そのため、
- まずはミッドスタンス・ターミナルスタンスでの重心位置と股関節伸展・荷重を再構築する
- そのうえで、必要な症例に対してスイング期の筋力・協調性練習を上乗せする
という順序を意識することで、介入全体の効率が高まりやすいと感じています。
おわりに
かつて自分自身も、麻痺足の引っかかりを「足関節背屈筋力の問題」と捉え、空中での振り出し練習に多くの時間を費やしていました。
しかし、立脚期、とくにミッドスタンスとターミナルスタンスに目を向けるようになってからは、「なぜスイングがうまくいかないのか」が、より立体的に理解できるようになりました。そして治療結果が、大きく変化しました。患者様にも満足していただけますし、泣いて喜んでくださる人も増えました。健常者と同じように歩くことはできないまでも、振り出しに対して「自然な感じ」が得られるようになってきました。もちろん全ての人が随意運動が良くなったわけではありません。ですが、一回一回立ち止まって麻痺足を重そうにぶん回して振り出したり、持ち上げたりしなくても、無意識に振り出せるようになる人が増えたのです。たとえBrunnstrom Recovery Stageで下肢がⅠレベルも人だとしてもです。
もし、スイングの練習をいくらしても改善が乏しい症例に出会ったら、
- ミッドスタンスで重心は高く保てているか
- ターミナルスタンスで麻痺側股関節を伸展位+荷重で保持できているか
という2点を、あらためて丁寧に観察・介入してみてください。
同じような悩みを抱えるセラピストの方々にとって、立脚期からスイングを変えていく視点が、少しでも臨床のヒントになれば幸いです。

