今回は、いつものマネジメント論から少し離れて、私自身が「まだまだ発展途上だ」と痛感させられた、ある出来事について書きたいと思います。
先日、退院された患者さんのご家族から、病院へ一本のクレームが入りました。 内容は、「うちの新人理学療法士(PT)が、患者さんと個人的にLINEを交換し、退院後もやり取りを続けていた」というものです。
その患者さんはもともと精神疾患を抱えており、スタッフへの依存傾向がありました。退院後もその新人PTとのLINEが楽しみになり、夜更かしをして返信を待つようになった結果、生活リズムが大きく乱れてしまったそうです。 ご家族からの「病院として、患者とのSNSのやり取りを許可しているのか?」という問い合わせでした。
当然、病院としてそんなことは容認していませんし、私を含めた管理職は誰もその事態を把握できていませんでした。
激詰めする前に見えた「若さゆえの暴走」
すぐに該当の新人PTを呼び出し、事実確認を行いました。 すると、退院が近づくにつれて患者さんの精神状態が不安定になっていくのを見て、「自分とのやり取りで本人が落ち着きを得られるなら」と、つい個人的なLINEを教えてしまったとのことでした。
悪意はありません。むしろ「患者さんのためを思って」の行動です。 しかし、医療従事者としての境界線を越えた「若さゆえの判断ミス」であることは間違いありません。今回は大きな実害には至りませんでしたが、場合によっては病院を巻き込む大きなトラブルに発展します。
私は管理職として、彼に厳重注意を行い、再発防止を徹底させました。そして、ことの詳細と今後の対策を、主治医である院長へ報告に行きました。
私はてっきり、「病院の信頼に関わる」と院長からもお叱りを受けるものと思っていました。しかし、院長から返ってきたのは、私のマネジメント視点を根底から覆す、2つの言葉でした。
院長が教えてくれた「真の医療」と「真のマネジメント」
院長は、事実関係を静かに聞いた後、私にこう言いました。
1. 「若いスタッフの芽を摘まないでやってほしい」 「悪気があってやったことじゃない。患者さんのためを思って行動したその『優しさ』自体は、決して悪いことではないんだ。ただ、やり方(方法)を間違えてしまっただけ。ミスはミスとしてしっかり指導すべきだが、彼がPTとして持っている『患者に寄り添う熱意』までへし折るような叱り方はしないでほしい」
2. 「患者さんの『心の拠り所』を急に奪ってはいけない」 「もう一つ。うつ病を患うその患者さんにとって、今はその新人PTとのLINEが心の平安を保つ『命綱』になっていたはずだ。それを病院のルールだからと急に禁止して遮断してしまったら、患者さんはどうなる? ルールを正すのは当然だが、同時に『彼に代わるサポート体制』を整えなければならない。今は精神科にちゃんと通えているのか? 服薬はできているか? ご家族とも話し合って、適切な専門医へしっかり繋ぐ(斡旋する)ところまで、責任を持ってフォローしてあげてほしい」
システムを語る前に、人を見よ
正直に言います。私は、雷に打たれたような衝撃を受けました。
私はこの事案を、「病院のルール違反」「クレーム対応」「リスク管理」という「システム(組織)の枠組み」でしか見ていませんでした。病院の信頼が損なわれることを恐れ、火消しをすることに必死だったのです。
しかし院長は違いました。 ルール違反やリスクを飛び越えて、「一人の若いスタッフの未来」と、「一人の患者さんの命と生活」を、全人的に捉えていたのです。病院への不利益に対する叱責など、ただの一言もありませんでした。ただただ、スタッフと患者の心と体を心配しての言動でした。
いかに自分が「管理職」という小さな視点に囚われていたか。 いかに自分が、まだ発展途上の未熟者であるか。 それを痛いほど思い知らされた出来事でした。
システムを作り、感情を排して組織を動かすことは確かに重要です。しかし、その根底にこの院長のような「人間に対する深いまなざし」がなければ、組織はただの冷たい機械になってしまいます。
現場には、まだまだ敵わない「本物の医療者」がいます。 私も、彼らのような視座を持てるよう、明日からまた現場で泥臭く学んでいこうと思います。


