今日は、直属の部下であるA君とB君の話をしたいと思います。以前の記事でも少し登場しましたが、A君はいわゆる「真面目系クズ」、B君は「不真面目だけど情報通」。タイプはまったく違うのですが、共通点がひとつあります――とても優しいんです。本当に根がいい。だからこそ、一生懸命で、部下や患者さんのために走ろうとする。実直で人を大切にできるというのは、それだけでリーダーとして貴重な資質だと思います。
ただし、優しさがゆえに難しいのが“マネジメント”の部分。最近、二人と話していて感じるのは、「部下がなかなか伸びない」という共通した悩みです。もちろん、本人たちは努力しているし、部下に対しても丁寧に関わっている。でも、結果が出にくい。その理由を探っていくと、どうやら“聞く力の欠如”に行き着くのです。
部下の話を聞けない本当の理由
私はよく彼らに質問をします。「君の部下が担当している○○さん、最近少し回復が停滞しているようだけど、なぜだと思う?」と。すると、二人は少し黙り込みます。ようやく出てくる答えは、「ここをこう指導しています」「今こういう問題があるので、こう改善するように伝えています」など、ほとんどが“指示した内容”の説明です。
でも、本来知りたいのはそこではありません。重要なのは、その部下がどう考え、どこでつまずいているのか。何を理解できていて、どこに迷いがあるのか。そういった“内面の認識プロセス”を把握しなければ、本当の意味での成長支援はできません。
この「聞かない」「聞けない」という現象、実は心理学的にはいくつかの理由で説明できます。ひとつは“自己防衛反応”です。人は無意識のうちに、自分が傷つきそうな情報を避けようとします。特にリーダーという立場に立つと、「聞いたら自分が答えなければいけない」「もし答えられなかったら無能だと思われるかもしれない」という思考が働く。これは心理学でいう「評価懸念(evaluation apprehension)」や「自己有能感の低下(low self-efficacy)」と呼ばれる心の動きです。

つまり、“聞くこと”が怖いのです。質問の背後にあるのは、答えられない自分への不安や、リーダーとしての自尊心の揺らぎ。これは本人も自覚していない防衛反応です。でも、それが結果として“部下の話を聞かない指導”を作ってしまう。
実は私自身、若い頃はまさにそうでした。真面目な私は、部下に質問されたとき、「自分がしっかり答えられないといけない」と思っていました。それが上司の責任だと。だからこそ、相手の話を最後まで聞かずに、つい「こうすればいい」と答えを先に出してしまう。でも、今振り返ると、それは「相手を成長させているようでいて、実は自分の不安を隠していた」だけだったと年をとってから気づきました。
心理学的に見れば、成長支援において最も大切なのは「承認」と「共感」です。カール・ロジャースの来談者中心療法の考え方にもある通り、人は“理解してもらえている”という感覚を持つことで自発的に変わっていきます。つまり、部下を伸ばす第一歩は、「話を聞く」という姿勢そのものなんですね。確かに、私が平社員だった時、自分の頑張ったことや陰で努力していたことを「理解してもらえている」と感じる同僚や上司に対しては大きな信頼を寄せていました。
聞くとは、“判断を保留して相手の世界を理解する”行為です。これができると、リーダーと部下の間に信頼関係が生まれ、チームの心理的安全性(psychological safety)が高まります。
ところが、多くのリーダーがこの“聞く”行為を軽視してしまう。なぜなら、短期的な成果が見えにくいからです。指示を出す方が手っ取り早い。問題が表面的に解決したように見えるし、上司としての“やった感”もある。しかし、その瞬間、部下は「考える機会」を失っています。これを心理学では「学習性無力感(learned helplessness)」の形成プロセスといいます。リーダーが先回りして問題を解決し続けると、部下は次第に“自分では考えなくても上司が何とかしてくれる”という思考に変わり、主体性を失ってしまう。
そう考えると、リーダーの仕事は「正解を与えること」ではなく、「考えるプロセスを支えること」だと言えます。重要なのは観察と対話。チームメンバーがどこで混乱し、どう判断しているかを丁寧に聞き取り、その思考構造に手を添える。これこそがファシリテーション型リーダーシップです。
少し寄り道になりますが、「なぜ自分が部下の話を聞けるようになったのか?」と改めて考えてみました。
一番しっくりくる答えは、「人の成長には時間がかかる」ということを理解したからだと思います。
年を重ねるうちに、身の回りのさまざまな経験を通して、何事も“変化には時間が必要だ”ということを学びました。たとえば、家庭菜園で種を植えてから芽が出るまでの期間。バイクの免許を取るための練習。スパイスカレーが味に深みを出すまでの時間、あるいは家の棚をDIYで仕上げるまでの手間。どれも“待つ時間”があって初めて形になります。
それと同じように、部下が成長するにも一定の時間がかかる。そういう前提を持つようになってから、私は少し肩の力が抜けました。部下が壁にぶつかったり、トラブルを経験した時こそ、それは彼らが成長するチャンスだと考えるようにしています。
そんな時、リーダーにできることは、ほんの少し背中を押してあげること。そして、どんな結果になっても受け止められるように“頭を下げる覚悟”をしておくこと。失敗しても致命傷にならないようにセーフティネットを張りながら、思い切って挑戦させること。
それこそが、本当の意味でのリーダーの役割ではないでしょうか。
部下の失敗はリーダーの責任なのか?リーダーの本当の仕事とは
また、もう一つ忘れてはいけないのは「責任の線引き」です。若いリーダーほど、“すべての責任を自分が背負う”という誤った使命感を持ちます。もちろん、責任感自体は素晴らしい。しかし、全てを抱え込むと、部下は“自分は責任をもたなくてもいい”と感じてしまう。結果として、チーム全体が依存的になります。
成熟したリーダーは、責任を“分散”させます。それは逃げではなく、組織力を生み出すための設計です。部下に判断させ、失敗させる。そして、致命傷にならないように環境を整え、最後にフォローする。いわば“安全な失敗”をデザインするのです。この過程が、指導育成の本質だと思います。もちろん部下にも健全に責任を持ってもらうことも重要です。
正直なところ、指示するほうが楽です。自分のやるべきことを伝えた達成感もある。でも、それは短期的な満足になります。長期的に見ると、部下の成長もチームの成熟も生まれません。子どもの教育と同じですね。親が何でも先回りして問題を解決してしまえば、子どもは「考える力」を育てられない。リーダーシップも同じ構造です。

では、どうすれば“聞けるリーダー”になれるか。答えはシンプルです。完璧を目指さないこと。部下の話を聞いて、すぐに答えが出なくても構いません。むしろ、「それはどういうこと?」「そう感じたのはなぜだろう?」と問いかける姿勢を持つ。それが本物の関係性をつくります。聞いてくれる上司に対して、部下は安心し、信頼し、自分の考えを言葉にできるようになります。
そして大切なのは、“聞くリーダー”が弱いわけではないということ。むしろ、本当に聞ける人こそ、自分の不安や限界を受けとめる勇気を持っています。心理的自己開示ができるリーダーは、チームを安定させ、学習文化を育てる。まさに、“答えを持つ人”から、“問いを共に考える人”への進化です。
私がA君とB君に今一番伝えたいのは、「怖くても聞いてみよう」ということ。聞いた瞬間に部下が変わるわけではありませんが、その小さな積み重ねが信頼をつくり、チームの空気を変えていきます。上司が部下の声に耳を傾ける。それだけで、職場は少しずつ前に進み始める。
リーダーとは、全てを知る人ではなく、チームの知恵を引き出す人。聞くことの怖さを一歩だけ乗り越えた先に、本当の信頼が生まれる――そんなことを最近、改めて感じています。


