医療やリハビリの現場では、どんなに経験を積んだスタッフでも、患者様からクレームを受けてしまうことがあります。
今日は、実際にあったケースを通して、「クレームが続くスタッフにどう関わるか」について考えてみたいと思います。テーマは【仮説検証作業】をマネジメントに応用するという視点です。
あるスタッフへのクレームから始まった相談
ある日、1人のリーダーから相談を受けました。
「またAさんの患者様からクレームが来てしまいました」。
内容を聞くと、
- 態度が横柄
- 時間にルーズ
- 治療で思うように接触(触診や介入)してくれない
などの声があったとのことでした。
そのリーダーはその都度Aさんに注意をしており、再発しないように丁寧に話をしてきたそうです。
最初は穏やかに助言していましたが、同じことが何度も続くうちに、だんだんと語気が強くなり、注意の場が「叱責」に近くなっていたと話してくれました。
私もその気持ちはよくわかります。
何度も繰り返されると「もういい加減にしてくれ」と言いたくなりますよね。
おそらく多くの方も同じ経験があるのではないでしょうか。
まずは情報収集と第一印象から
こういう時こそ、感情的にならずに【仮説検証作業】の最初のステップ——「情報収集」から始めることが大切です。
Aさんは作業療法士8年目の中堅スタッフで、中途採用。前職では後輩指導やチームリーダーのような立場も経験していました。
仕事の話をすると、患者様の状態を正確に把握しており、私たちの病院ではあまり馴染みのない治療手技にも詳しい。要するに、スキルも知識も持っている。やる気がないタイプではありません。
それでもなぜクレームが起きてしまうのか。
そこで私は次のステップ、「詳細な観察」に移りました。
詳細な観察から見えてきたAさんの姿
しばらくAさんの業務の様子を注意深く見てみると、いくつかの特徴が見えてきました。
- 患者様に対して少し言葉遣いが荒い。
- 後輩スタッフとは親しげに話すが、先輩との関わりは少ない。
- 後輩には強めの指導をすることがある。
- 前職では後輩を指導していたが、今の職場ではその立場がまだ与えられていない。
- 上司との関係では少し距離を置いている印象がある。
こうして見ていくうちに、Aさんの人となりが少しずつ見えてきました。
そして私は次のステップ——「仮説立案」に進みます。
私が立てた仮説:「もっと評価されたい」
観察をもとに私が立てた仮説は、
「Aさんは『もっと自分を評価してほしい』という気持ちが強いのではないか」というものでした。
もしかすると、自分の経験や技術が今の職場で十分に認められていないと感じている。
そのため、無意識のうちに“自分の立場を守りたい”という行動をとっているのかもしれません。
結果的に、患者様や後輩といった立場の弱い人には強気に振る舞い、先輩や管理者に対しては距離を置くことで自分を守っている……。
そうした心の動きが、行動として現れている可能性を感じました。
重要なのは、このような「潜在的な欲求」は本人が必ずしも自覚していないことです。
人の行動は多くの場合、無意識の動機に支えられています。だからこそ、「なぜそうなるのか」を外側から丁寧に仮説を立てていく必要があります。
仮説の検証:面談での関わり方
次に私はこの仮説を実際に検証してみることにしました。
まず、Aさんと個人面談を行いました。
その場では、クレームの事実を包み隠さず伝えたうえで、私自身の気持ちを率直に話しました。
- Aさんにはもっと成長して、良いセラピストになってほしいこと。
- このままの態度では、自分の評価を下げてしまうだけでもったいないこと。
- 前職での経験や知識は、私たちにとっても貴重な学びになるということ。
同時に、Aさんの強みを活かす機会を意図的に作るようにしました。
例えば、当院で新しく導入を検討している評価バッテリーについて文献を調べてもらい、内容が合いそうなら全体に共有してもらうようお願いしました。
「自分の知見がチームに求められている」という体験を通じて、彼の承認欲求や自尊心が健全な形で満たされるように関わりを設計したのです。
3か月後の変化
面談からおよそ3か月が経ちました。今のところ、新しいクレームは出ていません。
もちろん、たまたまという可能性もあります。
ですが、現場で彼を見る限り、後輩や患者様への接し方が以前より穏やかになり、リーダーや私との会話が増えたように感じます。
ただし、これは私自身が関わっているというバイアスが働いているかもしれません。
ですから、他のリーダーや同僚にもAさんの印象を聞いて、客観的に確認していこうと思います。
口で注意するだけでは変わらない
この事例から改めて感じたのは、「注意する」ことと「関わる」ことは全く別物だということです。
「ああしろ、こうしろ」と口で指示を重ねるだけでは、行動はなかなか変わりません。
なぜそうなっているのか、背景にある思いを推測し、それに対して適度な承認や役割付与という形で関わる必要があります。
リハビリの現場では、患者様の動作を観察して、仮説を立てて検証することを日常的に行っています。
でも、人をマネジメントするときには、その“変化”がすぐには見えません。
人の行動は一時的に改善しても、すぐに元に戻ってしまうこともよくあります。
だからこそ、焦らず、丁寧に仮説と検証を繰り返すことが大切です。
おわりに
今回のAさんへの関わりは、まだ「途中経過」にすぎません。
今後どう変化していくかはわかりませんが、少なくとも“注意を繰り返すだけでは変わらなかったスタッフ”が、“関われる対象”に変わりつつあります。
人を動かすのは言葉ではなく、関心と理解です。
時間はかかりますが、その過程こそがマネジメントの醍醐味だと思います。
この経験が、同じような場面で悩む方の参考になれば嬉しいです。

