現場の中間管理職として働いていると、避けては通れないものがあります。それは「他職種との意見対立」です。
先日も、私の職場でこんな「あるある」な衝突が起きていました。
- 理学療法士(PT)のA君: 「身体機能が上がってきたので、病棟でのトイレ移動を『自立』にステップアップさせたいんです」
- 看護師(Ns)のBさん: 「病棟ではまだふらつきがあるし、転倒のリスクが怖い。まだ早いです。将来的にも自立は厳しいのでは?」
PTの正義は「機能回復」。少しでも自立させたい。
Nsの正義は「安全管理」。絶対に転倒事故を防ぎたい。
どちらも「患者さんのため」という大義名分を背負っています。しかし、この「自立か、介助か」という二択の土俵で議論を続ける限り、絶対に決着はつきません。どちらかが折れれば、「自分の専門性(プロとしてのプライド)が否定された」という遺恨が残るからです。
そんな膠着状態を、上司としてどう打破するか。私が使った「たった一つの思考法」をご紹介します。
エゴがぶつかる「具体の谷」から引きずり出す
ヒントは、細谷勲氏の著書『13歳から鍛える具体と抽象』にあります。この概念を、医療現場のマネジメントに翻訳するとこうなります。

- 具体(ズームイン): 「どうやって(How)」。歩くのか、車椅子か。自立か、介助か。
- 抽象(ズームアウト): 「なんのために(Why)」。どんな生活がしたいか。その人の幸せとは何か。
職種間で議論が対立している時、彼らは例外なく「具体(手段)」のレベルで殴り合っています。
なぜなら、具体的な手段の話をしている時だけ、自分の「専門性」という武器を振り回せるからです。PTは歩行分析を語り、Nsはリスク管理を語る。互いに自分のテリトリー(縄張り)の主張をしているに過ぎません。
今回のケースで言えば、「自立」も「見守り」も、実はただの「具体的なツール(手段)」です。ツール同士を戦わせても答えは出ません。
管理職がやるべきは、彼らの武器が届かない一段上のレイヤー(抽象)へ、議論のステージを強制的に引き上げることです。
マネジメント介入:「手段」ではなく「目的」で合意をとれ
私は二人の議論に割って入り、こう問いかけました。
「今は『自立か見守りか』という具体的な手段の話で止まっています。それは一旦横に置きましょう。そもそも、『この患者さんが施設へ退院した後、どんな生活を送ってほしいか』という一段上の目的について、すり合わせはできていますか?」
PTがこだわる「歩行」も、Nsがこだわる「安全」も、すべては「患者さんがその人らしく生きる」ための手段です。
「今、歩けること」と「今、転ばないこと」。その先にある「退院後の未来」にカメラの視点を引いたとき、二人の景色は劇的に変わります。
視点を上げたら「第三の正解」が生まれた
数日後、看護師Bさんから驚くべき提案がありました。
「あの方、昔から人の世話をするのが好きだったそうです。だから『空き時間にチラシでゴミ箱を折って、食堂の席に配る係』をお願いするのはどうでしょうか? これなら次の施設に行っても『自分の役割』ができて、やりがいに繋がると思います」
さらにこう続きました。
「移動に関しては、その役割を果たすために、まずは『見守り』で食堂まで歩く練習から始めましょう。PTのA君とも話し合って、歩行時の注意点を全スタッフで共有することにしました」
その後、A君は喜んで看護師全員に歩行介助の介助方法を伝達し、今では病棟で患者さんが看護師と一生懸命歩いている姿を見かけます。
これは「自立か介助か」で争っていた時には、絶対に出なかったアイデアです。
「役割とやりがいのある生活を作る」という上位の目的(抽象)で合意できたからこそ、お互いのエゴが消え、「ゴミ箱配りと見守り歩行」という全く新しい具体策(第三の正解)が生まれたのです。
結び:対立したら「Why」を突きつけろ
議論が平行線になったら、それはスタッフが「具体の谷」で縄張り争いをしている証拠です。
| レイヤー | 内容 | 状態 | 管理職のアクション |
| 上位(抽象) | Why:どんな未来・生活を作りたいか? | 合意・握手 | ここを最初に決めさせる |
| 下位(具体) | How:「自立or介助?」「歩行器or杖?」 | 対立・争い | 上層が決まってから選ばせる |
明日、職場で意見が食い違っているスタッフを見かけたら、管理職であるあなたは、ただ一言こう突きつけてください。
「手段の話は一旦やめろ。そもそも、なんのためにやるのか目的を合わせろ」
目的(抽象)のレベルで合意できれば、対立していた相手は「敵」ではなく、同じ山頂を目指す「パートナー」に強制変換されます。これが、組織を動かす「具体と抽象」の力です。
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