今日は「体幹」について、多くの方が持っている誤解をテーマに話をしていこうと思います。私たちが日々対象としている脳卒中・片麻痺の患者さんをはじめ、さまざまな疾患の中でよく問題として挙げられるのが「体幹筋の安定性の低下」や「筋緊張の低下」です。
回復期で20年間、脳卒中患者を見続けてきた経験から、私なりのアドバイスをお伝えします。ずっと以前までは、体幹の筋力を強化すれば姿勢も動作も良くなると考えていました。しかし今の結論は、「間違いではないが、正解でもない」というものです。
体幹筋を鍛えれば解決?という落とし穴
体幹の筋肉はもちろん大切ですが、日常生活の中で、私たちは常に強い筋力を使って立ち、歩いているわけではありません。例えば腹筋や背筋のトレーニング、プランクなどで「コアマッスルを鍛える」ことは、確かに一部の機能を強化しますが、それだけで“動きやすい体”が手に入るわけではありません。
筋の活動はゼロであってはいけませんが、ムキムキの筋力が必要なわけでもありません。重要なのは「わずかな筋活動をいかに適切なタイミングで引き出せているか」です。
よくいる患者さんのイメージ
例えば、こんな方を思い浮かべてください。
- 脳卒中後の右片麻痺の70代男性
- ベッド上では一生懸命に“腹筋トレーニング”をしている
- でも、いざ端座位や立位になると、いつも後方にのけぞるような姿勢で、立ち上がりは介助が必須
このようなケースでは、「あれだけ腹筋を頑張っているのに、なぜ立ち上がりが変わらないのだろう」と感じることが多いと思います。
実際に患者を見て感じたこと
長年、脳卒中の患者さんを観察していて気づいたのは、「筋肉が働かない」のではなく、「限られた筋肉だけで体を支えてしまっている」ということです。たとえば、脊柱は重心線より後方に位置しているため、背部筋群が過剰に収縮し、筋肉だけで姿勢を支える状態になります。本来は“骨で支える”べきところを、“筋肉で過剰に支える”ため、動作の柔軟性が失われるのです。とくに非麻痺側の脊柱起立筋が過剰に収縮しており筋が膨隆しているのをみた経験はありませんか?
こうなると、屈曲動作(前屈や立ち上がり)が非常に難しくなります。軸がずれ、骨盤の上に胸郭がうまく乗らない姿勢になります。
具体的な場面:立ち上がりで見える「体幹の誤用」
先ほどの70代男性の例でいうと、
- 椅子から立ち上がろうとする
- 上体を前に倒す前から、すでに背中の筋肉がガチガチに緊張している
- 骨盤は十分に前傾せず、胸郭も後ろに残ったまま
- 結果として、何度も「よいしょ」と声を出しながら、介助者の引き上げに頼ってしまうor手すりを思い切り引っ張ってしまう
これは「体幹筋が弱い」というより、「背部筋の過剰収縮で体を支えようとしている」状態です。
骨で支え、筋を解放するという考え方
私がいま臨床で重視しているのは、「過剰に働いている筋肉を緩ませ、骨で支える状態を作ること」です。骨で支えられるようになれば、筋肉に頼りすぎる必要がなくなり、自然と屈筋・伸筋、側方筋が協調して動き始めます。動きが生まれれば運動感覚も入力され、脳が「こう動かせるのか」と再学習します。これが、四肢の運動に先行して体幹が働くAPA(Anticipatory Postural Adjustment)の再構築につながります。
この段階では、過剰な筋収縮はありません。しかし、四肢の動きや立ち上がりやすさは見違えるほど変わります。
ベッド上トレーニングが「立ち上がり」に結びつかない理由
以前は、腹筋を触りながら収縮を確認し、頭部を持ち上げて腹筋を使わせたり、膝立て位で手を交差させ外腹斜筋・内腹斜筋を働かせるような練習をよく行っていました。患者さんも「お腹が疲れた」「今日はたくさん鍛えた」と満足そうです。
ところが、いざ座ってみると、立ってみると、いつもの立ち方から変わらない。
ここで大事なのは、「筋肉を鍛えること」と「日常動作の中で自然に使えること」は、別物だということです。私たちはアスリートを作りたいのではなく、日常生活を楽に安全に送れるようにしたい。そのために必要なのは、過剰努力ではなく、軸で支えられた“省エネな体幹” です。
骨盤上に胸郭を乗せるところから始める
では、具体的にどうすれば良いのかを、臨床場面とセットで整理します。
ステップ1:骨盤の上に胸郭が乗っているかを確認
- 端座位になってもらう
- 骨盤上に胸郭がきちんと乗っているかを、視診と触診で確認する。この場合、厳密にしすぎずに、骨盤と胸郭の前後径の中心あたりを基準に見るくらいの感覚でいいと思います。
- 多くの場合、胸郭は後方に引かれ、骨盤にうまく乗っていない。たまに骨盤より胸郭が前にせりだしすぎている場合もあります。
このとき、セラピストが軽い誘導で胸郭を“骨盤の上”に運んであげます。背部の過剰な活動が少しでも減ってくれば、それでOKです。
ステップ2:環境調整で「頑張らなくてよい」条件を作る
抵抗感が強く、胸郭を骨盤の上に乗せようとすると全身がガチガチになる方もいます。そういう場合は、
- クッションや自分の体で軽い背もたれを作る
- 上肢や頭部の重さを、適度に支持してあげる
このようにして、患者さん本人が「空間の中で全部を支えようとしなくてもよい」状況を作ってあげます。その中で、短縮して働きすぎている筋をゆるめ、筋長を取り戻していきます。
ここで大切なのは、セラピストの手の感覚です。筋の張り、短さ、わずかな変化を触り分けながら、少しずつ「長さ」を引き出していきます。ゆるんできたら、背もたれから少しずつ離し、骨盤上に胸郭を再び乗せていきます。
うまくいかなければまたやり直す。その繰り返しで、“骨で支える体幹”が作られていきます。こうすれば良くなるという決まった手法はありません。ですので、そこはこちらから探る意識が大切です。方法はいろいろあっていいと思っています。
変化の一例
同じ70代男性のケースでも、
- 背もたれとクッションを使い、背部の過剰な緊張をゆるめ
- 胸郭が骨盤上に乗る感覚を一緒に探していく
というプロセスを数回繰り返すと、あるタイミングで「自分でスッと起きてくる」瞬間があります。本人も「さっきより楽に座っていられる」「背中がそんなに疲れない」と言葉にされることが多いです。
このとき、お腹の筋肉を“意識的に力ませている”わけではありませんが、触ると自然な張りが出ている。これは、健常者に見られる“正常な姿勢筋緊張”が戻ってきているサインだと考えています。ここまで来ると、APAが働く準備段階に入っていると言えます。
体幹から四肢・立ち上がりへつなげる
それでも難しい場合は、股関節の低筋緊張や左右差、肩甲骨周囲の低筋緊張などが背景にあることも多いです。その場合は、
- 手が重いなら、クッションなどで重さを適度に支持してから体幹を見る
- 股関節のアライメントや筋緊張を整えてから、再度体幹を評価する
- 頭頸部や眼球が過剰に固定されているから、緩ませてみる
といった工夫を加えていきます。
骨盤の上に胸郭が乗るようになったら、次にその安定性を保ちながら立ち上がりや四肢の運動へと移行します。
立ち上がりへの応用
- 骨盤上に胸郭が乗った座位から
- 胸郭を骨盤より前方にゆっくりと移動させ、屈曲相を作る
- そこから離殿相へ移る
このときも、「お腹に力を入れて!」ではなく、「骨盤と胸郭の関係を保ったまま前に移動する」ことを重視します。体幹の軸を保ったまま、患側・健側へのリーチ動作を行うなど、段階的に難易度を上げていきます。
こうしたプロセスを通して、体幹の安定性を“努力ではなく、整ったアライメントと協調した筋活動”で引き上げていくことが大切だと考えています。
おわりに
言葉だけでは、どうしても感覚的なところが伝わりにくい部分もありますが、
- 「筋トレしているのに、立ち上がりや歩行が変わらない」
- 「体幹が弱いと言われ続けてきた」
そんな患者さんやセラピストほど、今回のようなアプローチを試してみる価値があると思います。
悩んでいる方は、ぜひ「骨で支え、筋を解放する」という視点で体幹を見直してみてください。きっと、面白い発見があるはずです。

