優秀なのに、なぜか部下の心が離れていく上司がいた
以前、私にはとても優秀な上司がいました。今から10年以上前のことです。
その人は私より5、6歳年上でしたが、誰から見ても「できる人」でした。自分を厳しく律し、部下への指導も上司への提言も理路整然。目標設定も明確で、やりたいことをしっかり計画し、行動に移し、確実に達成していく。私の職場の中では明らかに頭ひとつ抜けた存在でした。
他部署からの評判も上々でした。「あの人は話をよく聞いてくれるし、優しい」「相談するとすぐに問題を解決してくれる」——そんな声で持ちきりだったのを覚えています。
私はその後、リーダーという立場になったとき、この上司を模範にしようと決めました。優秀な人のやり方をなぞれば、きっと組織はよくなる。そう信じて、その上司のスタイルをそのまま自分の指導に取り入れていったのです。
ところが、部下は全くついてきませんでした。
さらに恥ずかしいことに、自分より劣っていると思っていたリーダーの方が、自分よりも部下がついていっている気がして嫉妬に駆られていました。若さがゆえの傲慢さですね。
最初は「自分の実力不足だ」と捉え、さらに努力を重ねました。それでも状況は全く変わりません。そしてある時、ふと気づいたのです。あの完璧だった元上司にも、実は部下は心からついてきていなかった、と。思い返してみると、その上司はいつも1人でいたような気がします。
優秀さだけでは、チームは機能しない
ここで見えてくるのは、ひとつの逆説です。
リーダーが完璧さを追求すればするほど、部下がついてくるとは限らない。むしろ、優秀さそのものが部下との間に心理的な壁を作ってしまうことがあるのです。
なぜそんなことが起きるのか。私自身の経験を振り返ると、理由がはっきり見えてきます。
当時、私はその完璧な上司に何か相談しようとするとき、まず最初にどうしていたか。
質問の内容について、半日からまる1日かけて考える、ということをしていました。
なぜなら、相談すれば必ず、自分の考えよりもはるかに視座の高い、俯瞰的で「正しい」答えが返ってくると分かっていたからです。だからこそ、生半可な内容では相談できない。事前にしっかり準備をしてからでなければ、話しかけることすらできませんでした。これは恐怖に近い感情だったように思います。
これは一見、部下の思考力を鍛えているようにも見えます。しかし実態は違います。「浅はかな質問をしてはいけない」というプレッシャーが、相談へのハードルをどんどん引き上げていたのです。常に完璧な答えを持つ存在は、時として部下にとって「恐怖」にすらなり得ます。助言を求めているはずなのに、自分の考えを否定されるような感覚に陥ってしまう。これが優秀な人に人がついてこなくなる原因があります。
優秀であること自体は、決して悪いことではありません。ただ、すべての場面で完璧を貫こうとする姿勢は、結果として部下を遠ざける原因になり得るのです。
部下が本当に求めているもの
では、部下がついてくるリーダーとは、どんな人なのでしょうか。
私には他に先輩がいました。私が本当の意味で「この人についていきたい」と感じたのは、その先輩の方で、その人は書類仕事などを完璧にこなすタイプの先輩ではありませんでした。他者からの評価では「雑」「漏れが多い」と言われることもある人でした。
けれどもその先輩は、患者さんの気持ちを誰よりも理解し、セラピストの成長を心から願って行動する人でした。比類ない行動力とカリスマ性があり、患者さんからの信頼も厚い。部下たちはその姿に憧れ、自発的に自分の行動を変えていきました。
業務の完璧さよりも、人間的な魅力で人を動かす。「優秀だが、完璧ではない」——そこにこそ、部下がついてくるヒントがあるのだと思います。
リーダーなりたてでシッパイ続きだった私が具体的に信頼を得るための行動として、次のようなことを実践してみました。
- 部下に感情的に叱ってしまった後は、素直に非を認めて面と向かって謝る
- 自分が苦手なことは、頭を下げてでも部下に頼る
- 雑談の中で、自分自身の失敗談を共有する(全てを曝け出すわけではなく、あくまで仕事上の)
こうした「弱みを見せる」行動を続けていくと、少しずつですが部下の緊張感は解け、質問や相談が目に見えて増えていきました。人間らしさを見せることで心理的な距離が縮まり、安心して話しかけられる存在になっていくのだと思います。
優秀な人がミスすると好感度UP!?
心理学者エリオット・アロンソンらが行った面白い実験を紹介します。• 被験者に、クイズ番組のような音声を2種類聞かせる。1つ目はクイズの達人で正答率93%の音声、2つ目は素人で正答率30%の音声。被験者はクイズの達人に好感を持つ。
・次に被験者にはまた違う音声を聞かせる。クイズの達人と素人、それぞれがコーヒーをこぼすという小さな失敗をする音声を提示。
• 結果: 元々「有能」に見えていた人物(クイズの達人)が小さな失敗をした場合、周囲の好感度はむしろ上がる。優秀ではない人物(素人)は失敗によって好感度はさらに下がる。
• 重要な条件: この効果が働くのは、対象者が「元々有能に見えている」ことが大前提です。有能に見えない人物が同じ失敗をしても評価は下がるだけであり、「高い能力」と「適度な隙」の組み合わせが人を惹きつけると説明されています。
これを「プラットフォール効果(Pratfall Effect)」と言います。
相談を受けたときに、まずやるべきこと
信頼されるリーダーになるためには、日々の指導の仕方も見直す必要があります。ポイントは次の3つです。
- 途中で遮らず、最後まで聞く 部下が話している途中で結論を急がず、まずはすべて聞き切ることが大切です。
- 要約して、認識をすり合わせる 「こういうことだね」「ここで悩んでいるんだね」と一度言葉にして返すことで、部下自身も自分の悩みを整理できます。
- すぐに答えを与えない たとえ自分の中に確実な答えがあっても、それを一方的に伝えるだけでは部下の成長にはつながりません。
部下が求めているのは、正解だけではありません。自分が置かれている難しい状況を理解してもらい、共感してもらうことも同じくらい大切なのです。正しい答えを与え続けるほど、皮肉なことに相談は少しずつ減っていきます。
最も重要なのは、「一緒に解決策を探そう」という姿勢を見せることです。共に問題に向き合うプロセスそのものが、部下の主体性を育て、本当の意味での成長を後押しします。
まとめ
- 完璧なリーダーを目指すほど、部下との間に心理的な壁ができることがある
- 「常に正しい答えが返ってくる」存在は、部下にとって相談しにくい存在にもなり得る
- 信頼を得るには、あえて弱みや失敗を見せることが有効(プラットフォール効果)
- 指導の基本は「傾聴」「要約」「即答しない」の3つ
- リーダーの役割は、答えを与えることではなく、部下が自ら答えを見つけられるよう支えること
完璧な上司を目指した過去の自分に伝えられるとしたら、こう言いたいと思います。「答えを持つことより、一緒に考える姿勢のほうが、部下はついてくるよ」と。
もし今、部下育成に悩んでいるなら、まずは自分自身を振り返ってみてください。すべてを完璧にこなそうとしていないか。一つでいいので、弱みや失敗談をチームの雑談で共有してみる。そこから、少しずつ「相談しやすい上司」への道が開けていくはずです。

