「努力している自覚」がない領域を探せ。自己啓発本には絶対に書かれていない「自分の長所の見つけ方」

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「自分」だけを書いた本はどこにもない

書店に行けば、自己啓発本は山ほどあります。チームの作り方、仕事の効率化、リーダーシップ論。私自身、これまでかなりの数の本を読んできました。もちろんそれらの本から学んだことはたくさんありますし、実践して効率が上がったりチームがまとまったりする喜びも味わってきました。

ですが、当たり前ですが、どれだけ探しても「自分」という一人の人間だけについて書かれた本はありません。自分のことを一番考えたり、行動を決めるのは、結局自分しかいません。自分の生き方や成長に全力を注げるのも、自分しかいません。

今日はその「自分」について、原動力と長所という切り口で考えてみたいと思います。

頑張っている自覚がない時ほど、実は強い

一流と言われる人たちを見ていると、努力を努力だと感じていないことが多いようです。何かに没頭できるくらいでなければ、本当の意味での高いパフォーマンスは出せません。以前PERMA理論の記事でも触れましたが、没頭できる力は幸福感そのものにつながっています。

逆にやる気が出ないのは、怠けているからではありません。自分を動かす原動力が、うまく供給されていないだけかもしれないのです。そして厄介なことに、自分が最も高いパフォーマンスを出せている瞬間ほど、本人には自覚しにくいものです。苦痛も努力している感覚もないからです。傍から見れば「すごくやっているな」「長けているな」と映るのに、当人だけが気づいていない。だからこそ、意図的に立ち止まって考えなければ、この状態は見つけられませんし、再現もできません。

人を動かす原動力は人それぞれ

モチベーションの源泉は人によって違います。誰かに勝ちたい、負けたくない。自分の成長を感じたい。誰かに褒められたい。研究し、探究したい。誰かの役に立ちたい。だいたいこのあたりに集約されると思います。

私自身の場合、誰かに勝ちたいという欲求はほとんどありません。一方で、

• 自分が憧れている人に褒められたい

• 今抱えている問題を、いろいろな手段で解決したい

• 患者さん、後輩、家族など、誰かの役に立ちたい

この3つが原動力の中心にあります。野心や競争心を燃料にしている人を見ると「すごいな、自分とは違うな」と純粋に思います。良い悪いの話ではなく、何が自分のモチベーションを高めるのかを見極めることが大事です。

もし自分の原動力がわからないなら、過去を振り返ってみてください。夢中になって一生懸命やった時、誰かに褒められた時、何かしらいい結果が出た時——それはどんな場面で、その時自分はどう感じていたか。

私の原動力の一つは、自分が心から尊敬する一流のプロフェッショナルたちと『仕事の美意識』を共有できた瞬間に生まれます。講習会でアシスタントをした際、単に『褒められた』のではなく、私が普段の臨床経験から養った分析力(プロとしてのこだわり)を、憧れの人が見抜き、評価してくれた。あの『わかる人にはわかる』というプロ同士の共鳴こそが、私を根底から突き動かしてくれています。

また私にはもう一つエンジンがあります。数年前のエピソードですが、当院では毎年院内の学術大会があります。年々、学会の規模が大きくごとに最後部の聴者はほとんどスクリーンが見えず、寝てしまう人も続出していました。この問題に対して私が学会長の時に、会場を前後のブースに分け、スクリーンを二つ設置しました。そうすることで誰もが学会に参加することができ、寝てしまう人も激減しました。なんだ、そんなことかと思った方も多いでしょう。スクリーンの増設自体は、小学生でも思いつく物理的な解決策です。ここで問題なのは、優秀な専門職が何十人も集まりながら、『学会の最後部は見えないのが当たり前』という【組織的な思考停止(学習性無力感)】に誰もメスを入れなかったことです。当時の私は『やった方が誰にとっても得なのに、なぜ誰もやらないのだろう。』と思っていました。私の原動力は、こうした『誰もが薄々おかしいと気づいているのに、同調圧力や慣例で放置されているバグ』を見つけ出し、最もシンプルなロジックで破壊することです。何かを改善すると多少のハレーションは生じるものですが、それを乗り越えるために肩書き(学会長)があるのです。ポジションパワーを使ってバグを修正していく、おそらく自分はそういう仕事が単純に好きなのだと思います。ちなみにこの取り組みをしたからといって後々誰かに苦言を呈されることもありませんでした。結局みんな自分から手を上げるのが怖いだけなのだと悟った記憶があります。

私自身は他人より優位に立つための『昇格』や、単なるステータスとしての『肩書き』には全くモチベーションが上がりません。私にとって肩書きとは、自分が没頭したい『独自の課題解決』をスケールさせるためだけの『単なるツール(手段)』に過ぎないからです。

他人に聞くほうが、実は早い

自分の人生の原動力を『決める』ことができるのは自分しかいませんが、自分がいつ最も高いパフォーマンスを出しているか(強み)は、無自覚であるがゆえに自分では最も『見えにくい』。だからこそ、決断は自分で下しつつ、その材料集めとして他者の目(同僚へのヒアリング)を利用しましょう。少々照れくさいかもしれませんが、同僚2、3人に直接聞いてみてください。「俺、何が得意だと思う?」「頼りたくなる部分ってどこ?」。ちょっと怖いかもしれませんが(笑)、あなたに何も強みがないことはありません。考えてみてください。自分は周りの人について「この人はパソコンが得意だな」「装具のことならこの人に聞いた方がいい」「呼吸リハに強い関心を持っている」といったことを、自然と把握しているはずです。それと同じように、周りも自分のことを見ています。多少の気恥ずかしさは我慢してでも聞いてみる価値は十分にあると思います。思わぬ発見があるものです。

ですが40代にもなると、他人に聞いても忖度されて本音が引き出せないこともあります。もし聞くことができない場合は、周囲が『どんな種類の厄介事をあなたに持ち込んでくるか』『会議で、どの領域の話題になった時にあなたに意見が求められるか』を観察してほしい。そこに他人があなたに対して感じている強みが隠されています。

20代、30代は、他人が書いた自己啓発本(成功法則)を読んでスキルを模倣する時期でいいと思います。しかし40代になれば、自分の『原動力』がどこにあるかを正確に把握し、自分自身の章を書き始めなければならない時期です(私の周りにも、苦手なことを努力で解決しようと頑張っている人がたくさんいますが、徒労に終わってしまうケースが少なくありません)。

正直、多忙な40代に苦手なことを克服している時間はありません。しかし、それは決して『逃げ』ではない。自分が没頭できる『独自の課題解決』に集中するためにこそ、自分の弱点を正確に認め、得意な他者に頭を下げて任せる(委譲する)のです。

自らの強みを極め抜き、弱点をチームで補完する。その代わり、自分は『組織の同調圧力』や『経営陣との交渉』といった最も重いハレーションを一身に引き受け、チームが安全に動ける防波堤となる。この『強みと責任のトレードオフ』を引き受けることこそが、40代が組織を動かすための条件です。

他人のモチベーション(競争心や野心)を羨むのをやめ、自分が最も没頭できる『独自の課題解決』と『誰かの役に立つこと』を極め抜く。それこそが、世界で一冊しかない『自分』という本を完成させるための唯一の条件なのだと思います。

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