プロローグ
かつての私は、教えすぎる上司でした。管理職になって数年は、「嫌われたくない」「いい先輩でいたい」「優秀な管理職と思われたい」という気持ちが強く、つい手を出し、口を出し、あれこれ教えてしまっていたのです。
結果として、部下は育たず、自分から動けない人ばかりが残りました。
今の私は違います。おそらく、一部の部下からは「冷たい上司」と思われているでしょう。ですが同時に、そんな私の背中から何かを“盗もう”と、自ら学び、成長していく人も少なくありません。
そんな“受け身人間製造マシン”だった私が、自らをデバッグしてきた軌跡について、お話しします。
G.G.佐藤とコーチのやりとり
ある日、YouTubeでG.G.佐藤さんと、メジャーリーグ時代のコーチのエピソードを見ました。
G.G.佐藤さんが当時のコーチに指導を求めても、何も教えてくれない。バッティング練習をしても、素振りをしても、沈黙のまま。
ある日、我慢できなくなったG.G.佐藤さんは、ついに尋ねました。「うまくいかない。自分のバッティングを見て、指導してほしい」と。すると、コーチは大量の資料を持ってきて、彼の癖や動作を事細かに分析した内容を見せたのです。
驚いたG.G.佐藤さんは聞きました。「もし、僕が聞かなかったら、この資料どうしてたんですか?」
コーチの答えはこうでした。
「決して渡さない。自分から聞きに来ない人間に渡しても、意味がないからだ。」
この話を聞いた瞬間、私は深く納得しました。これはまさに“教えすぎない指導”の本質だと思ったのです。
なぜ私は、すぐに答えを教えないのか――それは、あなたの“小脳”を回すためだ。
理学療法士として脳科学を学んできた立場から言えるのは、学習における「能動性」の中枢は小脳にあるということです。
小脳は「教師あり学習」を担っています。つまり、自分が「こうしよう」と意図して動いた結果と、その結果との誤差を比較して学ぶ仕組みです。
例えば、コップを持ち上げようとしたとき――
「これくらいの力で持ち上げよう」と意図して動作を実行する(大脳からの指令)。
実際に持ってみると、意外と中身が多くて重い。思ったより持ち上がらない。
すると小脳は「予測と現実のズレ」を検知し、「次はもう少し力を入れよう」と修正する。
この誤差修正の繰り返しが、学習です。幼児が何度も転びながら歩けるようになるのも、この仕組みによるものです。
つまり、学習には必ず「自分からの意図」が必要なのです。意図がなければ、誤差も生まれず、小脳は回らない。だから私は、答えをすぐに与えません。
もし私が先に正解を言ってしまえば、あなたの脳には「能動的な意図」が生まれない。意図のない行動からは、学習というプロセスが起きないのです。
私は、あなたが自分で考え、試し、失敗し、「なぜうまくいかないんだ!」と壁にぶつかる瞬間を待っています。その時こそ、あなたの小脳は最強の学習モードに入るのです。
意図のない行動に、脳はエラーを検知できない。つまり、私が先に答えを教えることは、あなたの『成長する権利』を奪うことに他なりません。
「冷たさ」は、信頼の裏返し
私の沈黙は、「君なら自分で気づけるはずだ」という信頼に基づいています。
そして、勇気を持って扉を叩きに来た人には、私の持てる知識・経験をすべて渡す。
これは「門を叩いた者だけが救われる」システムです。いつでも誰にでも知識を与えることが“優しさ”ではなく、相手を信じて待つ沈黙こそ、本当の信頼なのです。
ただし、ここで勘違いしてはいけません。裏で膨大な“知のライブラリ”を準備しながら、鍵を渡すのはあくまで「相手が扉を叩いてから」――。
何も準備していない“空っぽな上司”とは、決して違います。私が20年かけて積み上げてきた実績、学会発表、失敗の記録。その膨大なライブラリの鍵を渡す準備は、いつでもできています。あとは、あなたが扉を叩くだけなのです。
終わりに
「教えない」という行為は、部下の脳を「受信モード」から「検索モード」へ切り替えるための、高度な設計(デザイン)です。
多くの上司が過保護になるのは、部下を“子ども扱い”しているからです。
私は、部下を“プロの大人”として扱うからこそ、突き放すのです。
この「厳しいリスペクト」の姿勢こそが、リーダーの背中を最も雄弁に語るのだと思います。
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