1.動作分析の重要性:全体像から詳細へ
前章では、患者を包括的に理解するための「全体像の把握」の重要性について触れました。カルテ情報や画像所見、医学的背景だけでなく、身体的・心理的状態を多面的に捉えることが、効果的なリハビリテーションの第一歩です。
本章では、その全体像を踏まえて、より具体的な「動作」に焦点を当てていきます。理学療法士(PT)の主要な役割のひとつは、寝返り・起き上がり・立ち上がり・歩行などの基本動作を、患者がより効率的に、楽に、そして安全に行えるよう支援することです。
そのためには、「どこで失敗しているのか」を漠然と把握するのではなく、体系的な分析手法によって動作の問題を明確に特定する必要があります。本章では、「立ち上がり動作」を例に、実際の分析プロセスを段階的に学んでいきましょう。
1.1 なぜ詳細な動作分析が必要なのか?
例えば、「手すりを使わないと立てない」という患者がいるとしましょう。
この現象だけを見て「筋力が足りないから」と判断するのは早計なのはみなさんもご存知だと思います。より詳しく分析することで、次のような多面的要因が見えてきます。
- 感覚入力の問題:足裏の感覚が鈍く、体重を乗せるのが怖い。
- 運動制御の問題:必要な筋を適切なタイミングで働かせられない。
- 関節可動域の制限:足関節背屈の制限により、前方への重心移動ができない。
- 心理的要因:転倒経験があり、「立つ」こと自体に恐怖を感じている。 などなど
このように、一つの動作不全の背景には複数の層が存在します。
動作分析とは、その層を一つずつ丁寧にひも解き、本当に介入すべきフェーズを見極めるプロセスです。
2.観察による分析:動きの質を見抜く
最初のステップは、先入観を捨てて動作をよく観察することです。
この段階では「できる/できない」を判断するのではなく、動きの質をどう評価するかが鍵になります。この時に観察するだけでなく、模倣できるようにしてください。私は脳内で模倣していますが、それは身体のどこを使ってどこを使っていないかのあたりをつけるためです。患者様の前で同じように動いてみて、「こんな感じに動いていますよ」と視覚的に伝えるのもいいかもしれません。患者様は意外と自分の動き方に気づいていない場合もあります。一緒に動きを確認しながら、どの部分をたくさん使っていて、どの部分を使っていないかを患者様と探っていくのもとてもいい作業だと思います。
2.1 動き出しの部位=動作のイニシエーションを特定する
動作のはじまり―つまり“どこから動き始めるか”に注意して観察してみましょう。
それはその人が無意識的に頼りにしている身体部位を示している場合がとても多いからです。
事例:脳卒中片麻痺患者の立ち上がり
- ケースA:健側の腕で手すりを強く引き、体を無理やり持ち上げる。
→ 動作の駆動力を下肢や体幹ではなく“健側上肢”に頼っている。 - ケースB:頭部を大きく後ろに反らせて反動を使う。
→ 前方重心移動が困難なため、“代償的運動”として反動を利用している。
動き出しを把握することで、患者の運動戦略とその背景にある非効率性を理解することができます。
2.2 「動きすぎ」と「動かなすぎ」の二面性を見抜く
次に、動作全体を通して、【動きすぎている部位】と【動かなすぎている部位】の両方を観察してみましょう。多くのセラピストは【動きすぎ】のほうに目を奪われがちですが、問題の本質は【動かなすぎ】の側に隠れていることが多いです。
事例:立ち上がり時に麻痺側の腕が屈曲する患者
- 動きすぎの現象:左片麻痺の患者が立ち上がる際、麻痺側上肢が屈曲(連合反応)してしまう。
- 隠れた原因:同時に足元を見ると、麻痺側の足関節が背屈せず固定されている。
メカニズム
- 立ち上がりでは重心を前方(足部方向)に移す必要がある。
- 足関節の背屈→下腿前傾→骨盤前傾の連鎖がその鍵。
- 背屈が起きないと骨盤、体幹を前傾できない
- 「立ち上がりたい」目的のために他部位(非麻痺側)が“過剰に働く”。
- この努力が全身緊張を高め、結果として上肢の屈曲を誘発する。
つまり、「動きすぎ」は結果であり、「動かなすぎ」が原因であることが多いのです。
腕の屈曲を直接コントロールしても改善しない理由がここにあります。例えばこのような症例に対して、足関節が背屈し荷重をかけ、骨盤、体幹が前傾することで重心を足底に移すことができると上肢が屈曲することなく立ち上がることができるケースも少なくありません。
【コラム】なぜ動かないのか?
「動かなすぎ」の背景にはさまざまな要因があります。
- 関節可動域の制限(拘縮)
- 感覚障害による身体図式の曖昧化
- 筋緊張の低下や過剰な緊張
- 錐体路損傷による運動麻痺
これらを明確に評価することが、次の「誘導」ステップへとつながります。
3.誘導による分析:抵抗から問題の層(フェーズ)を探る
観察から得た仮説を検証し、どのフェーズで動作が破綻しているかを明確にするには、「誘導(Handling / Facilitation)」を利用します。
患者に軽く触れ、理想的な動きを導きながら、身体がどこで抵抗を示すかを探る手技です。
3.1 正常な動きを誘導し、抵抗を探る
力で動かすのではなく、理想的な軌道を軽く導きます。
身体がスムーズについてくるか、あるいは途中で止まる・逆方向へ押すなどの反応を感じ取ります。
その“抵抗する点”こそが、動作が破綻している層=問題フェーズを示しています。
事例:立ち上がり誘導
- 上半身中心の胸郭下部(T7~T8)に軽く手を当てる。
- 重心を前上方へ滑らかに誘導する(決して力任せに動かさない)。
- 抵抗を感じた瞬間=必要な運動要素が欠落している箇所。
3.2 誘導のポイント:力ではなく「対話」
誘導の基本は、強い力ではなく指先の感性です。患者の身体と「対話」するように動きを感じ取ることが大切です。過度な力は代償反応や異常緊張を引き起こし、本当の問題を隠してしまいますし、介入前後での小さな違いを読み取ることを困難にしてしまいます。目的は、患者自身の動きを引き出しながら原因を探ることにあるのです。
4.問題点の分析と介入仮説の立案
観察と誘導で問題フェーズが見えたら、「本来あるべき姿」と「現状」を比較します。
次の4つの問いを立て、分析を深めていきましょう。
- Key Muscle:どの筋が本来活動すべきか?
例:立ち上がり初期の屈曲相では、脊柱起立筋の遠心性収縮や前脛骨筋の活動が必要。 - Key Joint/ROM:必要な関節運動は?
例:股関節屈曲や足関節背屈が十分かどうか。 - Key Sensation:どんな感覚入力が必要か?
例:足底への均等な荷重感、座骨の浮き上がる感覚など。 - Key Pathway:重心はどんな軌道を描くべきか?
例:下降せず滑らかに前上方へ移動しているか。
これらを整理することで、「もし足関節の背屈を促通すれば、上肢の過剰努力が減るのでは?」といった明確な仮説を立てることができます。
5. まとめ:動作分析のフローチャート/行動チェックリスト
| ステップ | 目的 | 具体的アクション | キーワード |
|---|---|---|---|
| Step 1:観察 | 動作の全体像を把握 | 動き出しを特定/動きすぎと動かなすぎを観る | 初期運動・拠り所・代償動作 |
| Step 2:誘導 | 問題フェーズを特定 | 軽い促通/身体との対話/抵抗の感知 | ハンドリング・フェーズ特定 |
| Step 3:分析 | 欠けている要素を明確化 | Key Muscle・Joint・Sensation・Pathway | 運動学的分析・治療仮説 |
動作分析とは、「見る」「感じる」「考える」の3ステップで成り立ちます。型どおりに進めるものではなく、患者一人ひとりとの動きの対話の中で磨かれていくものです。観察・誘導・分析の流れを踏まえ、自分なりの“動作を見る眼”を育てていきましょう。分析に間違いはありません。あるとすればこのプロセスを蔑ろにし、なんとなくで問題点を決めてしまったり、経験則を盲信しすぎて考えることなく介入してしまうことだと思います。1人として全く同じ人間はいません。問題点も誘導に対する反応も心理面も、対象者一人一人全然違います。だから私たちは触れて、その人個人を見極めるように心がけなくてはいけません。時間はかかるかもしれませんが、人を分析するということはそれほど簡単なことではないでしょう。このプロセス無くしてこの後の分析には決して進むことができません。時間をかけて挑戦してみてください。
ステップアップのためのチェックリスト
🔍 Step 1:観察 ― 動きを「見る」技を磨く
- 動作中、最初に動いた部位を観察する。
→「どこから動き出しているか」を常に意識。 - 「動きすぎ」と「動かなすぎ」をペアで観る。
→ 目立つ部分だけでなく、動かない箇所にも注目する。 - 動作を1回きりで判断せず、最低3回繰り返し観察する。
→ 代償が安定して出現するか確認。 - 「なぜその戦略を取っているのか?」と仮説メモを残す。
→ 例:「前傾できない→足関節が硬い?」というように簡潔に。
✋ Step 2:誘導 ― 「触れて」抵抗を感じ取る感覚を身につける
- まず自分で理想的な動作軌道を再現して体感しておく。
→ 正常な流れを身体で覚えることが大切。 - 患者への誘導では指先で“会話”するつもりで軽く触れる。
- 胸郭~骨盤に軽く手を添え、前上方への動きを導きながら抵抗する点を探す。
- 「重くなる・止まる・逆に押し返される」感覚を覚える。
→ それが“問題フェーズ”。 - 誘導中に力を入れすぎたと思ったらストップ。
→ “力で動かさない”を合言葉に。
🎯 Step 3:分析 ― 問題の「フェーズ」を整理し、次の一手を考える
- 抵抗を感じた場面で、以下の4点をチェックする。
1. Key Muscle:足関節背屈筋・殿筋・体幹筋など必要な筋が活動できているか?
2. Key Joint/ROM:主要関節の制限はないか?
3. Key Sensation:足底感覚・座骨感覚など必要な入力があるか?
4. Key Pathway:重心移動は滑らかか?下降していないか? - 「現象」と「原因」を分けて考える。
→ 例:「上肢屈曲=結果」「足関節可動制限=原因」。 - 1人10分以内で観察→誘導→分析のプロセスをまとめる練習を行う。
- 仮説を立てたらすぐに“1セッション内で修正可能な課題”を1つだけ決める。
→ 例:「足関節の背屈促通で前方重心移動を引き出す」。など

